関東大学リーグ2000 キャプテンインタビュー
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東京農業大学

金子憲一 (3)



――大学にきたら練習時間が少なくて、悪い意味でギャップを感じたという話も聞きますが。

 それはあります。しかも2部と1部といったら、やっぱり1部のほうが目立ちますし。最初はこんなにも1部と2部で差があるのかなぁと思いました。
 練習時間も短いとは思ったんですけど、それは僕らの高校が長すぎたっていうのもあるんで(笑)。午後4時から練習して、7時半とか8時までとか練習してましたからね。そのあとに自主練でしょ? 大学なんて2時から練習して、せいぜい4時か4時半までじゃないですか。正直物足りないなっていうのはありましたね。ただ、ずっと自主練はやってきたし、高校と違って大学って自分の時間が多いですから。その分ジムとかに行って身体を作ってきたし、課題を見つけてしてきたりしたんで……。大学に行って下手になったなとは言われたくなかったんで、その辺は精一杯がんばりました。

――そういう意味では、大学での時間を有効に使えたということでしょうか。

 そうですね。自分の時間を有効に使えたっていうか、自分で考えてできたことが大きい。高校のときは時間が長くても、どうしても「やらせられる」っていうところがありましたから。

――ジムに通うというのは、自主的に考えたことなんですか?

 いえ、金森さん(金森千恵子フィジカルコーチ)に頼めばメニューを作ってくれるし、週に1回から2回はきてもらえますから。それでまあ、みんな練習後に筋トレとかしてるんですけど、他の大学に比べると器具がボロいのばっかりなんで(笑)。高校のときはちゃんとしたトレーニングルームがあったんで、そのせいもあってやるんならちゃんとしたところでやりたいなって。
金子1998年関東大学サッカーリーグ
1998年関東大学サッカーリーグ


大学に行って
下手になったなとは
言われたくなかった


金子1999年関東大学サッカーリーグ入替戦
1999年関東大学サッカーリーグ入替戦


1年のときは
リーグで勝てなさすぎて
盲腸と胃炎になった


――この4年間で、一番辛かったこと、うれしかったことは?

 やっぱり1年生、2年年のときの(下の)入れ替え戦に行ったことが辛かったですね。1年のときなんて僕、盲腸と胃炎になっちゃったんですよ。リーグ戦で勝てなさすぎて。だから、最後のリーグ戦は2試合くらい出てないんですよ。

――試合に出られなかったのは、盲腸と胃炎だったからなんですか?

 そうです。最初は盲腸になって、それが治ったと思ったら今度は胃炎になっちゃって。胃カメラとも飲みましたね。

――本当に、今までにないくらい辛いことだったんですね。

 追いつめられましたね、やっぱり。自分が1年生のときに落ちたとしたら、あとは都リーグじゃないですか。自分の人生ないなぁとか思って……。1年生で落ちちゃうと、2、3、4年は都リーグで、なかなか上がってこられない。それを知っていたんで……。だからもう、死にもの狂いでやりましたね。

――逆に一番うれしかったことは?

 やっぱり去年優勝したことが一番うれしかった。でも1部に上がれなかったから、すごいくやしかったことでもあるんですけど……。

――しかも、入れ替え戦ではチャンスがたくさんあっただけにくやしい部分はありますね。

 ウチのほうが押してましたもんね。でも負けるときはあんなもんです、たぶん。前半が終わった時点で、今まで自分が経験した中でもイヤなパターンだなっていうのは感じてたんですよ。シュートチャンスも多くて、すごい押してて、でも点が入らない。これはやられるんじゃないかなって……。だから後半、どこかビクビクしながらやってたんですけど……。まあ、負けるときはあんなもの。やっぱり慶應のほうが強かったのかなって思いましたね。

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