【掲載:07年1月】

 “隊長”の愛称で知られるMF、坂本將貴。明るく、頼りになる性格をかわれ、長く選手会長を務めた彼はまた、ユーティリティー性の高い選手としても知られている。ジェフ千葉では右ハーフでプレーすることが多いが、チーム状況によってはボランチもストッパーもこなす。左右両足を自在に使える点を見込まれ、昨年は村井慎二が磐田に移籍したあとの千葉の左サイドを担った。
04_坂本將貴

 坂本のポジションに対する柔軟さは、いつ養われたのか。浦和東高から日本体育大に入学した坂本のポジションは、基本的にトップ下。どちらかといえば“質実剛健”のイメージの強い日体大において、特に目を惹くテクニシャンタイプとして活躍していたとえいえば、千葉からの彼を知るファンは驚くのではないだろうか。その実力を評価され、坂本は1年からレギュラーに定着し、4年までリーグ全試合に出場。2年次には10番を背負い、名実ともにチームの中心としてプレーしていた。当時の日体大は必ずしも攻撃的なチームとはいえなかったが、坂本の攻撃に対する意識の高さとボールキープ力は際立っており、日体大の数少ない得点パターンにはほとんど坂本が絡んでいた。

 こう書き連ねていくと、大学時代の坂本は今とはまるで違うタイプのプレーヤーだったように思える。しかし彼特有のユーティリティー性は、間違いなく大学時代に端を発しているのだ。その背景には、当時の日体大の監督、アーリー・スカンス氏の影響がある。その後、ブータン代表監督を経て大分のコーチ、代理監督も務めたスカンス氏は、関東大学リーグ初の外国人監督、日体大初のプロ監督として96年に就任。坂本はこの年に日体大に入学、大学での4年間をスカンス氏指導のもとで過ごした。スカンス監督は、守備重視でカウンターからの攻撃パターンがメインだった日体大に“つなぐサッカー”を導入。攻守のバランスを整え、より攻撃的なサッカースタイルを目指すなかで、4-3-3、4-4-2、3-5-2などさまざまなシステムをこなせるよう選手を指導した。またシステムだけではなく、ポジションやプレーに対しもて常に柔軟さを求め、試合前日までポジションを固定しないということもあった。

 むろんそれは坂本も例外ではない。中心選手にありがちな“司令塔”の位置に甘んじることなく、中盤から前線にかけて多くのポジションを経験。2年次にはFWやシャドウストライカーといった、より攻撃的なポジションを与えられたこともあった。逆に主将となった4年次にはボールキープ力をかわれて、ボランチでプレー。中盤の底からゲームを組み立てて攻守両面に活躍し、プレーの幅を広げた。急なポジション変更にも柔軟に対応し、局面に応じて確実な判断を下す坂本のクレバーさ、ユーティリティー性は、オランダ人監督の下で過ごした4年間で、その基盤が培われていたのだ。

 一方で、坂本の大学生活は成績に恵まれない4年間だった。スカンス監督の目指すサッカーが最終的に結果を出せたのは、坂本が2年次の、13年ぶりの総理大臣杯出場で3位という成績のみ。関東リーグでは3年連続で1部最下位。坂本の大学サッカーは「入れ替え戦を戦うこと」の厳しさを骨の髄まで叩き込まれた4年間といっても過言ではない。3年次の入れ替え戦ではついに敗れて2部降格の憂き目をみるが、坂本は持ち前の闘志と牽引力で主将としてチームをまとめあげ、1部との入れ替え戦の出場権を獲得。入れ替え戦では明治大に先制されたが、追いついたのち逆転。後半に明大に再び逆転されたものの残り2分で再び追いつき、ロスタイムにまたもや逆転という壮絶な試合を勝って、1年で1部復帰をはたした。その、ロスタイムのゴールをアシストしたのは、90分を過ぎても衰えぬ闘志でプレーした坂本“隊長”だった。



-After Story-

 この記事が『エル・ゴラッソ』の掲載されたとき、坂本は7年間在籍した千葉から新潟へと移籍したところだった。

 千葉でもそうであったように、新潟でも精神的支柱としてチームを支えてきた坂本だったが、翌年古巣から思いもかけなかったラブコールを受け、わずか1年の“移籍”で古巣へと復帰した。“隊長”の帰還に喜ぶ千葉サポーターがいる一方で、坂本へ全幅の信頼をおいていた新潟サポーターにとっては釈然としない、後味の悪い移籍劇となった。むろん、本人も悩みぬいたうえでの決断と聞く。

 復帰後は、以前よりも中盤よりサイドバック、どちらかといえばディフェンシブなポジションでプレーすることが多く、文字通りチームを“支える”役割に徹した。千葉での出場試合数は、チームの誰よりも多い。その“鉄人”ぶりも相変わらずだ。

 昨年、J2降格が決まった際にはいち早くチームへの残留を明言するなど、坂本らしい“侠気”ぶりを見せた。残念ながら今シーズンはベンチでのスタートが増えたが、今も彼がチームの精神的支柱であることを疑う人間はいないだろう。

(文・写真/飯嶋玲子)


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