【掲載:06年12月】

 田代有三がJリーグのチームでプレーするのは、現所属の鹿島(注:掲載当時。現山形)が3チーム目だ。大卒で鹿島に入ったのになぜ? 種明かしをすれば、うち2チームは福岡大時代に特別指定選手としてプレーしていたに過ぎないが、そのいずれもがいわくつきだ。
03_田代有三

 3年次に参加した大分では、公式戦に出たのは1試合きり。ただし、その試合は、勝てば大分のJ1残留が決まるという大切な一戦だった。この試合でスタメン出場した田代は、吉田のゴールを得意のヘディングでアシストしている。さらに、4年になった田代が選んだのはJ2の鳥栖。当時の鳥栖は怪我人などが続出し、FWがほとんどいないような状態。鳥栖の松本育夫監督は福岡大の乾監督に、田代を文字通りの“即戦力”として使わせてほしいと申し込んだ。それまでの特別指定選手制度といえば、特別な例をのぞいて来年獲得を狙っている選手の“お試し”期間のように使われていた。だが、この松本監督の申し入れは、間違いなく、期限付き移籍の意味合いに近いものだ。

 福岡大側にも厳しい事情があった。田代はその年の春先に負傷。初夏に復帰をはたしたものの、福岡大はその年の総理大臣杯予選に敗れて夏の公式戦が無いという状態だった。このままでは、田代は実戦感覚から遠ざかったまま秋のリーグ戦を迎えることになる。そこに鳥栖・松本監督の申し入れだ。公式戦に出られる“かも”しれないJ1クラブより、高い確率で試合に出られて実戦感覚を取り戻せるJ2のチームを。乾監督は田代にそう薦めた。結局、鳥栖での田代は登録期間の11試合中10試合に出場。1ゴールをあげ、合計651分間の出場をはたしている。

 この2チームでの経験は、田代のプレーを変えた。それまでの田代は、いわゆるポストプレーヤーの典型。身長は180センチそこそこと、群を抜いて大柄というわけではないが、とにかくジャンプが高くてヘディングが強い。コンビを組む選手にスピードで勝負するタイプが多かったこともあり、その傾向は年々深まっていった。結果、チャンスは作っても自身のゴールは生まれない。中心選手として優勝に貢献した03年ユニバ・大邱大会でも、田代のゴールはわずか1点に留まっている。

 もちろん、だからといってチャンスを作るという意味での評価が下がったわけではない。だが、本人にしてみればじくじたる思いがあったのだろう。会うたびに口から出たのは、「FWとして、もっとゴールをしないと意味が無い」という言葉。その頃の田代は、まさにゴールに飢えていた。

 だが、もともと田代は高さだけ、ポストプレーだけの選手ではない。シュート力もあるし裏に抜け出す速さもある。うまいというよりは、ガツガツとボールを奪いに行く、貪欲さを持った選手だった。Jリーグでの試合は、そんな貪欲さを今一度田代に思い出させたのかもしれない。「福岡大ではターゲットマンの役目が求められたが、Jでは自分から動くことが大切」。そう意識したことで、田代のプレーの幅は広がっった。高くて、フィジカルの強いだけの選手ではない。どこからでもゴールを狙えるタイプのストライカーへと変貌していったのだ。

 卒業後、田代は大分でもなく鳥栖でもなく鹿島に入団。度重なる怪我もあってスタートこそ出遅れたものの、今年は3試合連続ゴールをあげるなど、得点の少なさを悩んでいた頃が嘘のような決定力を見せつけている。もちろん、鹿島に入ってから一回り大きく成長したことは否めないが、そのターニングポイントになったのは、大学時代のJ経験だった。最近では流経大3年の鎌田次郎が、同じように柏のDFとして15試合に出場しているが、2チームの特別指定選手になったうえ、卒業後にそれ以外のチームを選んだという例は田代のほかにはない。そういう意味では、田代ほど“特別指定選手制度”を有効活用した選手はいないだろう。


-Aftar Story-

 ルーキーイヤーの'05年こそ出場機会に恵まれなかった田代だが、翌'06年からは得意のヘディングと正確なポストプレーを武器にレギュラーに定着。'08年には追加招集ながら東アジア選手権の3試合に出場し、日本代表のユニフォームに袖を通した。

 しかし、新加入選手とのポジション争いなどから出場時間が激減。昨年末にはチームから契約延長の申し出をうけながらも、出場のチャンスを求めて同じJ1のモンテディオ山形に期限付き移籍をはたした。山形では背番号10を与えられ、得点力不足にあえぐチームの中で最多、全得点の3分の1近いゴールを叩き出している。

 山形加入直後の宮崎キャンプでは、田代同様出場機会を求めて鹿島から山形に移籍した増田誓志との“イケメンコンビ”ぶりが注目され、女性ファンが増加するという珍事(!?)が報じられた。そういえば、金メダルを獲得した'03年ユニバーシアード大邱大会では、江添建次郎(カターレ富山)とともに、そのイケメンぶりが韓国の女性ファンにウケにウケまくり、選手バスが黄色い声で包まれたのは印象深いところだ。山形のファン感謝デーで行われた「男前ダービー」では西河翔吾に敗れ、初代イケメンNo.1の座を獲得するにはいたらなかったが、「ユニバー代表きってのイケメン2トップ」(江添はDFだが)と評されたその実力(?)で王座奪還を願いたいところだ。
 
(文・写真/飯嶋玲子)

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