【掲載:06年12月】

 東京学芸大が関東1部の常連校になったのは、つい最近のことだ。長い間在籍していた関東2部リーグでの成績は常に下位で、都県リーグとの入れ替え戦の常連チーム。それでも都県に落ちることは少なかったので、ついたあだ名が「2部の門番」。いわゆる強豪校とはほど遠い存在だった。

 そんな東学大に、高校選手権優秀選手の肩書きを持つ堀之内聖が入部してきた。周囲の驚きは推してしるべしだろう。はたして、東学大にやってきた堀之内は入部早々にレギュラーを獲得。4月末の関東選手権ではスタメン出場を果たしている。
02_堀之内聖t2

 当時と現在で、堀之内の基本的なプレースタイルに大きな違いはない。ボランチというポジションの特徴とはいえ、中盤の黒子に徹した堅実なプレーは、華々しい肩書きからすると肩透かしをくらうくらいだ。しかし堀之内が入った98年の東学大は、破竹の勢いで2部リーグ優勝。入れ替え戦で日体大を下し、1部への昇格を達成した。

 東学大が大きく変わったのにはいくつか理由がある。もともとは守備的だったが、98年は高さやスピードで得点を狙える選手が目立ち、攻撃力の高さが際立っていた。勢いのあるサイドアタッカー、卓越したパスセンスを持つ中盤がいたのもある。とはいえ国立校の東学大が強力な補強をできるわけはない。大きく変わったのは選手の意識だ。

 その頃の東学大は徹底したリアクションサッカーを標榜しており、選手の戦術理解度は関東でもトップクラスだった。しかし攻撃面ではどうにも消極的。ミスするたびに選手は自信を失い、やるべきことがわかっているのにできないという状態になっていた。だが堀之内は、そんなチームメイトを根気強くフォロー。正確なプレーと的確な状況判断力で相手の攻撃の芽を摘み続けた。堀之内のプレーにチームメイトも変わった。少しくらいのミスであれば堀之内がフォローしてくれるという安心感。ミスしてももう一度建て直せばいいという積極性の2つが備わったとき、東学大は「2部の門番」から脱却し強いチームになった。

 一方で堀之内は、常に高いレベルのプレーを自身に課していた。「ミスをしないのが当たり前。ミスしないのがいいプレーと思っているようではダメ」。その言葉は、堀之内のプレーそのものを表わしてるようで印象深い。

 堀之内は1年次から関東選抜に選ばれ、01年にはユニバ・北京大会のメンバーとなっている。堀之内のほか巻誠一郎(ロシア・アムカル・ペルミ)や羽生直剛(FC東京)、坪井慶介(浦和)らを擁したチームは、日本に2度目の金メダルをもたらし、日本のユニバ三連覇の口火を切った。だが当時は99年マヨルカ大会のボランチだった鶴見(元甲府)もおり、決して堀之内の座が安泰だったというわけではない。大柄で外国選手に当たり負けせず、強力なミドルを放つ鶴見は、“国際試合”向きの選手。しかし、選ばれたのは堀之内だった。これは、当時好不調の波が激しかった鶴見より、「ミスをしないのが当たり前」と考える堀之内のプレーが必要とされたということだろう。北京大会でコーチを務め、05年イズミル大会では日本を三連覇に導いた乾真寛監督(福岡大)は、堀之内のそんなプレーを高く評価しているひとりだ。

 イズミル大会決勝前日の練習は、連戦の疲れを考慮して準決勝の出場選手は休養となっていた。いわゆる“ベンチ組”の選手を前に、乾監督は堀之内のことを話し始めた。堀之内はプロになって3年、なかなか出場機会に恵まれなかった。しかしコツコツと自分のプレーを磨き続け、4年目には浦和の中心選手として活躍。「ピッチで結果を出すのはプロ選手ならば当たり前のこと。大卒選手に求められるのは、ピッチの外で、あるいはベンチでどれだけ自分を高められるかだ」。それこそが、堀之内という選手の真髄にほかならない。


-Aftar Story-

 卒業から4年目にしてレギュラーを確実にした堀之内は、坪井慶介、田中マルクス闘莉王らとともに不動の3バックを形成し'06年のリーグ優勝に大きく貢献。まるでサッカーを初めてからずっとDFをやっていたかのような安定感のある守備は、「ミスをしないのが当たり前」という堀之内らしさを極限まで引き出したプレーだった。

 若返りを図るフィンケ体制になってからは、多くの中堅・ベテラン選手がチームを離れた浦和レッズ。堀之内も、一時期ほど出番がなくなった。ベンチスタートでの交代出場も多い。だがわずかな時間でも、それがボランチであれセンターバックであれ、自分のやるべき仕事をコツコツとこなすのが堀之内聖という選手だ。彼の本質は、昔も今も変っていない。

 大学時代、ユニバーの写真を見ながら「俺、引退したら孫に“じぃちゃんは日本代表だったんだ”とか自慢しそう」と笑っていた堀之内。だが、彼がそんなふうに現役時代を回顧する日がくるのは、まだまだ先のことになりそうだ。

 なお、東京学芸大は2年前に関東2部に降格。現在、1部復帰をかけてリーグ戦を戦っている。

(文・写真/飯嶋玲子)

★アンケートのお願い★